“も”か“ほ”のセットで

昼食 新橋のうどん屋に入る

こういう時は決まって、たぬきうどんを頼む

私は昔からアイスを食べる時はバニラ味だったし、他のメニューに目もくれない子だった

 

食券を購入して席につくと、券売機で老人が佇んでいる

店員が近づき、話をしている

こういう時は耳がダンボになる 気になって仕方ない

 

『この 「もっこりセット」と「ほっこりセット」は何が違うんですか』

『もっこりセットはもつ煮込みで、ほっこりセットはホルモン焼きが付きます」

 

今時、もっこりなんてシティーハンターでも聞かない

いや、シティーハンターですら古い

『ああ、そうですか』と老人が言った

そして、その2秒後にまた店員を呼んでいる

『あの、もっこりセットが何で、ほっこりセットが何でしたっけ?』

わからないならそんな変な名前のセットを頼まなければいいのにと思ったが、

店員さんは丁寧に同じセットの説明を繰り返した

『ああ、そうですか』とまた老人が言った

そして老人は1000円札を入れてボタンを押した

 

私のたぬきうどんはまだ来ておらず、老人から目が離せない

 

また老人は店員を呼んだ

『あの、もつ煮込みが食べたかったんだけど、もっこりセットのボタン押しちゃった』

店員さんは言う

『お客様、もつ煮込みならばもっこりセットで合ってますので大丈夫ですよ』

『ああ、そうですか』

ボケというか認知症を疑うレベルだ

そして笑いもせずに冷静に返す店員の若者よ 君は偉い

 

私のたぬきうどんが来た いただきます

 

老人が席についた まだ目が離せない

すると、私が期待したようにまた老人が店員を呼んだ

 

『あの、ご飯ってありますか』

『白米はなくて、茶飯ならあるんですが』

『ああ、そうですか じゃあそれを下さい』

『120円の追加となりますが、大丈夫ですか?』

『ああ、だったらセットのうどんと替えてくれればいいよ』

『いや、そういうのはちょっとやってなくてですね・・・』

うどん屋に来たのに、うどんではなく茶飯を欲する老人、何をしに来たのだろう

世界は広い まだまだ知らない世の中がある